希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

毛利可信『ジュニア英文典』(1974):なつかしの英文法参考書1

今日から9月。秋です。
本日9月1日は、本ブログの開設2周年記念。
この間、多くの人たちと交流できて、本当に楽しかったです。
これからもよろしくお願い申し上げます。

さて、9月10日(土)に慶應義塾大学日吉キャンパスで開催される英語教育シンポジウム「学習英文法~日本人の英語学習にふさわしい英文法の姿を探る~」が迫ってきました。

本日、このシンポジウムに登壇する山口県鴻城高等学校の松井孝志さんから、僕を含めたプレゼンターへの事前質問が届きました。松井さんご自身のブログで公開されています。
限られた時間内で討論を有意義に深めたいという松井さんらしいご配慮です。

その御質問にこの場で答えてしまうとネタバレして面白くありませんので、ここでは僕のプレゼン「学習英文法の歴史的意義と今日的課題」に関連した情報として、「なつかしの英文法参考書」をシリーズでご紹介したいと思います。
長期連載した「英文解釈」と「英作文」に続く、第3弾です!

この3月に刊行した拙著『受験英語と日本人』(研究社)では、紙幅の関係で英文法書をほとんど割愛しましたので、それを補いたいという気持ちもあります。

連載する参考書の配列ですが、幕末・明治初期から順に並べると、歴史的変遷というか英文法参考書の発達史はわかるのですが、専門家以外にはあまり面白くないでしょう。

ということで、戦前の参考書も必要な限りで載せますが、メインは多くの閲覧者の皆さんとほぼ同時代の<戦後もの>にしたいと思っています。
学術論文ではありませんので、気になる参考書について気ままに書かせてもらいます。

また、僕の解説や評価は最小限にして、ぜひ<読者参加型>で、みなさんのコメントや想い出などをコメント欄に書き込んでいただけると幸いです。

で、その第1回は、松井孝志さんが「御質問」の中で以下のように書いておられる毛利可信著『ジュニア英文典』(研究社出版、1974)としました。

「英文典」の流れを、「学習者の益に」という具現化として、毛利可信『ジュニア英文典』 (研究社、1974年) があります。英語という言葉がわかっている人が、きちんと記述・解説すれば、こんなにも文法はわかりやすい、という希有な例だと思うのですが、なぜ、このような書が普及せず絶版となり、忘れられてしまうのか、いつも悩ましく思うのです。

この参考書について、松井さんは以下でも絶賛されています。
   http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090519
   http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090618
   http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110517

さて、初回なので前置きが長くなりました。

毛利可信『ジュニア英文典』 (研究社、1974年)

毛利可信(もうりよしのぶ、当時大阪大学教授)といえば、山崎貞の名著「新自修英文典」(研究社)の改訂者として有名だろう。

そのためか、同じ研究社から出ていた本書は古めかしい「英文典」をタイトルに使っている。
ただ、発行は1974年1月20日
オイルショックとともに高度経済成長期が終わる時代だった。
高校生にとっては、さすがに「英文典」は古かったのではないか。

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「ジュニア」と冠したのは、「主として高校初年級の生徒諸君」(はしがき)を対象としているためだろう。
ただ、「ジュニア」といいうと中学生をイメージしてしまう高校生も多かったのではないか。
なんせ背伸びしたい年頃。「シニア」でもよかった気がする。

本書は全354頁。目次を見てみよう。

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Ⅰ. 序論
Ⅱ. 形態論
Ⅲ. 統語論
Ⅳ. 総合研究
という構成は、高校初級用としては異例だ。なんだか、英語学の本のよう。

それに、この時代には「品詞論」(形態論)に入る前に、5文型などの「統語論」を先に講じるのが一般になりつつあった。
その点で、毛利のこの本は明治初期以来の伝統文法のスタイルと言えようか。
ちょっと意外だ。

「はしがき」には毛利の心意気が表明されている。
まず、「何らかの統一的な原理というものがなければならない」とした上で、彼は次のように述べている。

「全巻がひとつの体系としてまとまり、説明はひとつの原理で首尾一貫するようにした。基礎の本だからといって、安易な行きあたりばったりの説明をしてはならない、むしろ、基礎であればこそ、ことばの本当の生きた姿を描き出すような解説法をとるべきだというのが著者の主張であり、とくに<時制><仮定法><法の助動詞>の説明にあたり、この主張を強力に実践し、スッキリした説明をするようにつとめたつもりである。」

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序論の「英文法とは何か」では、文法をゲームのルールに例え、わかりやすく意義を語っている。
その上で、「ことばの柔軟性を考えて、文法のルール以外にもまた、たいせつなことーー<その時その時における人の心の動き>、<音声の配列とかリズムとかを美しくしたいという欲求>などーーがあるということも知らなければならない」と言い添えることを忘れない。

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論述は明快で、分かりやすい。
次のother, others, the other, the othersの説明など、明快この上ない。

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本書は英文法の「基礎の本」だというが、毛利は「本書独特の解説方法」で明記しているように、普通名詞の「5用法」、「限定詞」や「代名詞系列語」という項目の新設、意味による動詞の7分類、can, may, mustの第1次用法と第2次用法の区別、などなど、多くの新機軸を打ち出している。

容量と著作権の関係で少ししか紹介できないのが残念だが、次に示す「意味による動詞の7分類」などは圧巻だといってよい。僕はこの部分が特に好きだ。

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この後に、それぞれの項目についての詳細な解説が続く。

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時制の「進行形」に関する次のような解説など、もう嬉しくなってしまう。

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高校入門用の参考書でありながら、まさに「新機軸」が遠慮なく盛り込まれている。

なのに、1981年には新装版が出ているものの、この本はあまり売れなかったようだ。

新機軸「なのに」ではなく、新機軸「ゆえに」売れなかったのかもしれない。
教育界というか、少なくとも英文法指導の現場は驚くほど保守的なもの。
新機軸は面白い半面、伝統的な文法書に慣れ、英文法の検定教科書と異なる記述のされ方をされると、教師にとっては教えづらいもの。

それに前述の「英文典」や「ジュニア」というネーミングの悪さ。
5文型などの「統語論」の前に、ラテン文法以来の伝統的な「品詞論」(形態論)を持ってくるという構成の古さ。

それでも、毛利がこの本で開拓しようとした「本書独特の解説方法」などは大いに再評価されてよい。
埋もれさせてしまうには、あまりに惜しい本だ。

*この本を実際にお使いの方はもとより、そうでない方も、ぜひご意見・ご感想をコメント欄にお願いいたします。