希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

英学史学会での展観資料(7)辞書

「辞書」というのは、語学屋にとって同志であり戦友であり神様です。

そんな辞書の中から、歴史的な価値の高いものだけを厳選して展示したいと思います。

といっても、この分野では愛知大学の早川勇先生や、香川大学の竹中龍範先生がすごいコレクションをお持ちですから、私は辞書についてはあまり集めておりません。(言いわけ)

さて、日本の英語辞書といえば、何よりも堀達之助の『英和対訳袖珍辞書』(初版1862)ですが、世界に20冊もないといわれる初版は復刻版しかもっておりません。
なので、展示は「慶應3年江戸再版」の明治2年の刷りです。

堀達之助 改正増補 英和対訳袖珍辞書 1867(慶應3年江戸再版) 1869(明治2年発行)

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木版による袋とじのため、枕のように分厚いのが特徴です。

明治に入ると、驚くべき英和辞典が登場します。
革装で、挿絵入り、もちろん活版です。

柴田昌吉,子安峻編 附音挿図 英和字彙 1873.01印行の初版

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堂々たる外見であると同時に、中身も立派ですので、ぜひ実際にご覧になって下さい。

日本語の学術語を定着させる上で決定的な役割を果たしたのが次の辞書です。

まず医学系の英和辞書としては、以下のものがあります。
以前、古書目録で70万円もしていたので驚愕した覚えがあります(僕のはそんなことありませんでした)。

大野九十九 [編]訳 解体学語箋 A Anatomical Vocabulary 1871(明治4)

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文科系の専門用語では、『哲学字彙』が大きく貢献しました。

(フレミング原編)井上哲次郎, 有賀長雄増補 改訂増補 哲学字彙 1883.12東京大学願済、1884.04版権免許 1884.04出板

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さて、明治末期以降になるとおびただしい英語辞書が出ますので,選択が難しいですね。

今年6月に、井上太郎氏の『辞書の鬼: 明治人・入江祝』(春秋社)が出て、がぜん入江祝が注目されてきましたので、まずは彼の辞書を。

山口造酒・入江祝衛共編 註解和英新辞典 1907.06.18 1914.09.01第30版

入江祝衛 詳解英和辞典 1912.07.02 1913.08.20再版

メドレー,入江祝衛 袖珍和英辞典 1914.10.17 1919.05.25第四十二版

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このうち、「学習英和辞典の白眉」と評されるのが、真ん中の『詳解英和辞典』です。
入江の生涯も感動的ですが、この辞書にも感動させられます。

入江には,もう一つユニークな辞書があります。
それが、『英文法辞典』博育堂、1915.09.27 です(のちに『英作文辞典』と改題)。
一種のコロケーション辞典です。

この年には、もうひとつ画期的な英和辞典が出ました。

斎藤秀三郎 熟語本位英和中辞典 1915.07.20 1919.10.10再訂版

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オリジナル版は発音がカタカナ表記でしたが、のちに豊田實によってIPA(国際音標文字)に改訂されました。

翌1916年には、広島県の中学校の先生たちが、これまた画期的な英和辞典を刊行します。

須貝清一他・広島県立広島中学校内英語研究部 語原本位英和辞典(単語記憶の鍵:Key to English Vocabulary)) 1916.05.31

当時の中学校の先生たちの実力の一端がわかる辞書です。

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1920年代には日本の英語音声研究が大きく前進しました。
そうした中で、IPA(国際音標文字)を辞書に取り入れた最初期の辞書が以下のものです。

神田乃武,金沢久 袖珍コンサイス英和辞典(万国音標文字附):Sanseido's Concise English=Japanese Dictionary 1922.08.05初版

インディアペーパーのような薄い紙を使用し、たいへん小型ながら、豊富な見出語数を誇っています。

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なお、この辞書の初版は、三省堂の百周年記念事業の際に広告を出して探したそうですが、見つからなかったようです(その後、復刻版が出ましたが)。

僕のは、その「幻の初版」です。
院生のとき神戸の古本屋で見つけて、おそるおそる価格を見たら、なんと500円でした!

このほか、井上十吉、岡倉由三郎、竹原常太の辞書なども重要なのですが、展示スペースの関係ですべて見送り、昭和期の辞書としては、僕の大好きな以下の辞書にしました。

島村盛助、土井光知、田中菊雄 岩波英和辞典 1936.04.14 1937.02.28 第2刷

これは、あの浩瀚な Oxford English Dictionary (OED)をコンパクトに凝縮した英和辞典です。

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売れ行きはあまり良くはなかったようですが、実に味のある辞書です。
戦後には「新版」が出ました。

それにしても、辞書ほどありがたいものはありません。

昨今は電子辞書が大流行ですが、古い紙の辞書には何ともいえない味わいがあります。
著者の息づかいまで伝わってくるのです。

(つづく)