希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(17)河村重治郎・吉川美夫・吉川道夫『新クラウン英文解釈』

河村重治郎・吉川美夫・吉川道夫『新クラウン英文解釈』(三省堂、1969)

三省堂を代表する英語参考書の名著

三省堂(さんせいどう)といえば、1881(明治14)年創業の歴史ある出版社。英語の辞書や教科書の分野でも定評がある。

その三省堂の英語分野でのトップ・ブランドが「クラウン」。
そのルーツは1916(大正5)年に同社が刊行した神田乃武著Crown Readersで、戦前を代表する英語読本だった。この名前の教科書が現在でも使用され続けているのは驚異だ。

辞書でも、『新クラウン英和辞典』や『カレッジ・クラウン英和辞典』などが有名だ。
何をかくそう、これらの辞典を編纂したのが、河村重治郎である。

その河村を中心に、吉川美夫吉川道夫を配して、三省堂の看板ブランド名を冠して刊行されたのが『新クラウン英文解釈』だ。レベルが低いはずがない。
初版は1969年6月10日。写真は同年8月10日の第4版(刷)。全国の大学が紛争の炎に包まれていた時代だ。

今年、オークションでは即決価格が50,000円で出ていた。やれやれ。

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ため息が出るような完成度。
第16回で紹介した芹沢栄『英文解釈法』の上ゆく完成度である。

全体が初級と上級の2部に分けられている。
初級編では、基礎的な文法事項を含んだ短文が1区分につき10文ずつ収められ、それが全部で100区分あるから、例文の合計はぴったり1,000。
しかも、各区分が対訳方式の例文、解説、語句註を合わせて、すべて見開き2ページにきちんと収められている。美しい!

もちろん、美しいだけではなく、それぞれの例文の質がきわめて高い。
解説も簡潔にして完璧だ。

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第2部の上級編は、5~10行程度の例文に続き、「解釈法」で詳しい解き方が伝授され、「訳文」で締める。これもすべて見開き2ページに収められている。美しい!
その後に、関連する応用問題がDrillsとして2~6題付けられている。これも2ページずつ。第2部は例題が30、応用問題が142だ。
巻末に15ページにわたる索引が付いている。

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この参考書の魅力については、山口の松井孝志さんが紹介されているので、ぜひご覧いただきたい。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080123
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20070111

著者は実力派ぞろい。
河村重治郎は1888(明治21)年に秋田県に生まれ、家庭の事情で中学校を中退。福井市に移り、1907(明治40)年に小学校英語専科教員の検定試験に合格。2年後には難関の文部省中等教員検定試験英語科に合格、私立聖学院や県立福井中学教諭となり、1919(大正8)年には超難関の文部省高等教員検定試験英語科に合格。この間に、私塾で後進の育成に努め、この参考書の共著者である吉川美夫らを育てた。
1938(昭和13)年には、官立横浜高等商業学校(横浜国立大学の前身)の教授になったが、軍国主義下での英語排撃の風潮に反発して1944(昭和19)年3月に辞職。戦後は明治学院大学や東洋英和女子短大の講師を務め、三省堂の多くの辞書を編纂した。1974(昭和49)年没。
河村の生涯については、田島伸悟の名評伝『英語名人 河村重治郎』(三省堂、1994)をぜひお読みいただきたい。

吉川美夫は1899(明治32)年に福井県で生まれた。小学校を出ただけの学歴ながら、河村の指導の下、抜群の英語力を獲得し、1921(大正10)年に文部省中等教員検定試験英語科に合格。福井中学の教諭となり、1925(大正14)年には高等教員検定試験英語科に合格した。旧制富山高等学校、戦後は富山大学東洋大学などの教授を歴任し、1990(平成2)年没。著書の『英文法詳解』(1949)などは名著の誉れが高い。師匠の河村と『カレッジ・クラウン英和辞典』などを編纂している。

吉川道夫は1932(昭和7)年生まれ。父親の吉川美夫と共著で出したEnglish grammar松柏社、1966)のほか、『言葉の背景:辞書と英文学』(研究社出版1984)や『新英和中辞典』(研究社、1994)などで著名である。

それにしても、実力派の3人が編んだ名著『新クラウン英文解釈』は、さすがに国会図書館にはあるものの、Webcatで検索する限り、全国の大学図書館などはどこも所蔵していない。

今からでも遅くない。
もし研究室や倉庫の隅で見つけたら、こうした参考書を図書館に収めるなどしてほしい。
僕も研究が済んだら寄贈したいと思っている。

でも、図書館は「参考書なんていりませんよ」と言うだろうか。
そうさせないために、参考書の文化史的・教育史的価値を語り続けよう。