希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(28)小野圭次郎の英文解釈(2)

小野圭『英文の解釈』の初期バージョン

○ 『最新研究 英文の解釈 考へ方と訳し方』山海堂、1921(大正10)年9月5日初版発行。

*写真は、書き込み等のため、1923(大正12)年4月15日訂正29版と1929(昭和4)年2月20日訂正228版〔増訂版の直前の版〕を使用したが、後者に「英訳教育勅語」が付いた以外は中身は同じ。

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なるほど、ヒットするはずだ。
それ以前の参考書とは劇的に変わっている。
とにかく、受験生の心理をつかみ、懇切丁寧にできている。
それが、副題の「考へ方と訳し方」によく出ている。

「緒言」には小野圭の思いがぎっしり詰まっている。
なにより、冒頭の「つかみ」がすごい。
「九州の某中学校卒業生の七割五分(高等学校に三割、専門学校に四割五分)を高等程度の諸学校入学試験に合格せしめた方法を基礎として編述したこと。」
なにやら、日比谷高校教諭だった森一郎が、『試験にでる英単語』(1967)を出したときの言い回しを想い出してしまう。

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目的は明快だ。
徹頭徹尾受験合格と云ふことを標的としたること。」
「本書は全然受験準備本位に書いたのであるから何処を披(ひら)いて見ても試験的気分の漲って居ない所がない。」

もはや南日恒太郎などとは異なり、「受験」という言葉に微塵も引け目を感じていない。
第26回で紹介した清水起正と同じスタンスだ。
「受験」という記号を全面に打ち出した方が、マーケットが反応する時代に入っていたのだろう。

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対象は「優秀学生」ではなく、英語が得意とはいえない学生たちだ。

「本書は成るべく多数の学生に分らせることを目的として書いてあるから、世の識者及び優秀学生の眼より見れば、訳文其他の点に於て甚だまづいと思はれる所も有らう。併し其まづい点が又類書と異る特質の一にして、却て一般学生に適合して大なる利益を与へることであらうと確信するのである。」

すごい「居直り」というか強気。
つまり、拙くても分かりやすい訳文にしたというわけだ。
本書が世に出た1920年代は高校・専門学校が急増し、受験生の大衆化・多様化が進んだ時代だった。
「小野圭」は、この時代のニーズに合致していたのである。

そうした点は、本書の内容構成によく表れている。

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第一篇 英語の学び方と試験の受け方

 *孤独な受験生の心に響くような懇切丁寧な言葉が(しつこいくらい?)並んでいる。
  後の赤尾好夫率いる欧文社(旺文社)がこの路線を踏襲する。

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英文解釈の本であるにもかかわらず、和文英訳、習字、文法、書取、聴取、会話に至るまで、学び方と試験の受け方が説かれている。

第二編 英文解釈の考へ方

 *ここでもいきなり文法や構文から入るのではなく、まず「考へ方」を丁寧に説いている。
英文解釈のポイントである文法や構文の解説でも、(難)の難易度や、(多)(少)(稀)の頻度、(順)(返)による訳し方(前から訳す・後ろから訳す)などの印を付けて、理解を助けている。

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第三編 訳し方と訳文作り方

 *「主語の名詞を副詞的に訳すべき場合」など、翻訳論のような記述もあり、コツが伝授される。

附録として「試験によく出る熟語の小字彙」まで付いている。脱帽。

いやはや、さすがに「すごい」参考書だ。

こうした工夫と気配りは受験生から大歓迎された。
奥付に後には、重版の足跡がこれ見よがしに印刷されている。

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やがて小野圭は、自分の参考書の人気ぶりを本文中でも述べるようになる。

小野圭は時代の空気に敏感だった。
昭和に入り、軍国主義国粋主義が強まるようになると、当初はなかった「英訳教育勅語を二色刷で巻頭に掲げるようになる。(写真は1929:昭和4年の版)
小野圭の参考書は「教化」書にもなっていたのだ。
この事実は重い。

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敗戦後には、これがポツダム宣言の訳し方」などに一変するのだが。

そうした変遷は次回以降に。