希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(11)竹原常太『新英文解釈法』

統計的・科学的な手法を取り入れた画期的な英文解釈書

竹原常太(1879~1947)は、畢生の大作『スタンダード和英大辞典』(1924)の著者として英語教育史の業界では有名だ。
この辞書は、彼が米国留学中から集めた用例をもとに編集した辞書で、1つひとつの例文に出典が明記してあるのがすごい。
また、日本人による「和臭味ある」例文は1つも載せていないと豪語し、その点から他の和英辞書を手厳しく批判している。

竹原はまた、統計的・科学的な手法を取り入れた「語学教育合理化」を唱え、実践した学者としても大きな足跡を残した。
米国のEdward L. Thorndike(1874~1949)による英語語彙の使用頻度調査を援用し、1930(昭和5)年には教材に用いる語彙制限を具体的に示した『語学教育の合理化』を刊行した。

この考えを実地に移して、1932(昭和7)年には旧制中学用の教科書The Standard English Readers(全5巻)、1934(昭和9)年には高等女学校用?i>Girls' Standard Readers(全5巻)を刊行した。
 *馬本勉「竹原常太のThe Standard English Readers:基本語彙に基づく教材の合理化とその現代的な意義をめぐって」『日本英語教育史研究』第20号(2005)参照。

同じ1934(昭和9)年には『ソーンダイク基本英語単語』を翻訳し刊行した。
(以前に紹介した、『赤尾の豆単』よりもずっと前に、ソーンダイクの語彙頻度を取り入れていたのだ。)
その姉妹編として編纂したのが、本書『ソーンダイク基本構文 新英文解釈法』大修館書店、1936(昭和11)年4月初版発行、である。
戦後の1950(昭和25)年には新漢字・新仮名づかいに改められた。写真は、1952(昭和27)年4月20日第五版発行。

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この本は、ソーンダイクが実施した英語構文の使用頻度に関する統計的な調査の報告An Inventory of English Constructions をもとに、これを大幅に増補し、日本人向けにアレンジしたものである。

具体的には、「緒言」にあるように、原著の「二十数頁」が530ページ(戦後版では索引を入れ545ページ)にも膨らんでいる。
また、原著の構文は438だが、竹原はこれを日本人向けに取捨選択し、368を収載した。さらに、原著にない構文41種を補遺とし、合計409構文となった。

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こうして見ると、ソーンダイクの原著の単なる翻訳ではなく、竹原が集めた材料が大量に盛り込まれた「竹原色の濃厚な」英文解釈書に仕上がっていることがわかる。

なお、この本が受験をも視野に入れていることは、以下の文からも明らかである。
「昭和十年度の高等専門学校入学試験問題を通覧するにその内に現れたる構文の種類は約百七十であるが、之らは全部本書に詳述されている。」

中身を見てみよう。
仮定法構文を例のとると、ソーンダイクによる出現頻度は「7」と比較的高い。
(最も頻度が高いのが9、以下8、7、6と下がり、1が最も頻度が低い)。

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これを見ると、ソーンダイクの例文は1つだけで、あとは竹原が集めた文学作品や散文などから実に豊富な用例が掲げられている。それぞれに出典を明記しているのは、かの名著『スタンダード和英大辞典』に通じるものがある。見事な労作だ。

この本は統計的な頻度の提示が「売り」だが、次の助動詞Mayの使用頻度などは、意味区分別に頻度が示されている。

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これによれば、mayは「・・・してよろしい」(許可)の意味で使われる場合が最も多く(頻度7)、以下「・・・かも知れぬ」(可能性 6)、「・・・すべきである」(= ought 3)の順であることがわかる。

コンピュータもなかった1930年代に、日本の英文解釈研究は、統計的なデータに基づく「使用頻度」という科学的手法を取り入れるまでに発達をとげていた。

「参考書」というだけで、こうした先人たちの苦労の結晶を忘却してしまっていいのだろうか。
そんな姿勢だから、日本の英語教育は「退化」を続けるのではないだろうか。