希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(16)芹沢栄『英文解釈法』

工芸品のような完成度のロングセラー

芹沢栄『英文解釈法』(金子書房、三訂版1958)

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大好きな参考書だ。
眺めているだけで惚れ惚れする。「美しい」のである。
表紙は金子書房らしい黄色基調の簡潔なもの。
美しいのは中身だ。
229問ある例題がすべて1ページ完結、ないし見開き2ページで完結している。
各ページのレイアウトもシンプルにしてベスト。
うーん、美しい。気品さえ感じる。

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それぞれの例題の下には、ツボを押さえた「要点」、それを踏まえた「解釈」、そして最後に「単語帳」。
この「単語帳」は、これだけを横にめくって通覧すれば受験単語を記憶できる。文字通りの「単語帳」になっている。だから、すべてのページの一番下に配置してあるのだ。
美しいだけでなく、実に機能的だ。

全体の構成は次の通り。おおむね文法シラバスで、オーソドックスだ。
I 文の構成(総説・主語・文の基本形式・修飾語句)
II 解釈の重点(助動詞・不定詞・動名詞・仮定法・強意・比較・否定・譲歩など)
III 雑題研究編

最後の「雑題」というのは戦後の新傾向問題で、単純な全文和訳ではないものが集まっている。
だから、下線部訳なども「雑題」として扱われているのが面白い。

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この本は長年愛された。
初版は1953(昭和28)年7月31日発行
改訂版は1953(昭和28)年8月15日発行
三訂版は1958(昭和33)年3月31日発行
僕の手許の本(写真のもの)は1964(昭和39)年11月15日の三訂40版(刷)とある。東京オリンピックが開催された直後のものだ。
以前オークションで1989年10月5日発行の三訂版第69刷を見たことがある。この本は最近まで半世紀近く愛用されてきたのだ。

なのに、この名品も今や絶版。
復刊ドットコムで、この芹沢『英文解釈法』の復刊要請が出ている。
リクエストされた人は「『英文快読術』(行方昭夫)で、良問を載せてある参考書のひとつとして
紹介してあった本です」と書いている。たしかに、同書には次のように紹介されている。

「たくさんの良問を載せてある学習参考書は書店でも容易に入手できるが、昔からあるものとして原仙作著・中原道喜補訂『英文標準問題精講』、芹沢栄『英文解釈法』、朱牟田夏雄『英文をどう読むか』など安心してすすめられる。」(岩波書店・同時代ライブラリー版、1994、p.59)

なるほど、確かにこれらの参考書は良問揃いである。(ただし、芹沢の本は「容易に入手」できなくなったが。)

写真で載せた例題15の小樽商大の問題など、優れた大学論だ。法人化された今こそ胸に響いてくる。

僕自身、むかし工業高専で技術者教育を受けていたとき、校長がいつも「技術者たる前に人間たれ!」と言っていたことを覚えている。教養という言葉が輝いていた。岩波文庫岩波新書を競って読んだ。

しかし、文部省は財界の意を受けて1990年代初めに教養部を解体し、「すぐ役に立つ」専門教育を重視した。その直後の1995年にオーム真理教による地下鉄サリン事件が起きて、マインドコントロールに対抗できる教養の大切さが再認識されたのだが。

実はその「教養」こそ、英文解釈あるいは「英語が読める」ための基本要件なのである。
芹沢栄は本書の「はしがき」で次のように述べている。

「英文の解釈力は種々の知識能力の総合の上にそだつものである。その根底として次のような知識が必要とされる」として以下の3要素を上げている。
(1)英文法の知識
(2)単語・熟語などの言語材料の知識
(3)一般的知識・教養

最後の「一般的知識・教養」について、さらに以下のように述べている。

「文法や語句の知識が英文解釈に対する準備のすべてではない。文の思想内容にmatchする教養を身につけていなければいわゆる『訳はついたが意味はわからない』という結果に陥る。英語学習は諸科学の学習と並行すべきものであることを認識すべきである。」

その通りだ。
かつて予備校で教えていたときに、単語帳や『即戦ゼミ』などの頻出例題集をボロボロになるまで暗記していた学生がいた。しかし、偏差値はなかなか上がらなかった。
話してみると、一般教養に極めて乏しかった。新聞も読んでいない。これでは、単語の意味はわかっても、背景知識(スキーマ)がないため、英文の中身は理解できない。

極端なスキル主義の教育が行き着く先は、こんな知の砂漠ではないのか。
やはり、新指導要領が心配でならない。