希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

戦時下の英語教育と入試(3)

今年もあと4日あまり。来たる2011年は、太平洋戦争開戦70周年。

戦時下の英語教育について振り返る3回目(最終回)である。

戦前の代表的な通信教育機関だった研究社新英語通信講座のテキストは、1941(昭和16)年12月の太平洋戦争開始後に部分改訂され、戦時色が強められた。
研究社に保存されている「開講の辞」の改訂原稿(肉筆)には以下のように書かれている。

海外宣伝の上から見ても、敵国の言語によってこれを行うことが、最も効果的である。これはいわば彼の武器を奪って我に利することである。しかも英語を理解する人民が世界的に絶対多数を占めているから、英語の宣伝的実用価値は大きい。また一般に日本文化を海外に宣揚することにおいても、少くとも現在においては、同様のことが言えるであろうと思う。

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太平洋戦争末期の1943(昭和18)年、中学上級生・受験生向けの雑誌『上級英語』(研究社)の投稿欄に載った生徒たちの声を聞いてみよう。

英語を克服することこそ、大日本帝国の勝利の第一歩である。英語の排斥等とはもってのほかだ。諺にいわく「敵を知り己れを知らば百戦危(あやう)からず、敵を知らず己れを知らざれば毎戦破る」。諸君、これを銘記せよ。(『上級英語』1943年5月号)

英語をみっちり勉強して将来は南方で我が邦のために活躍するつもりだ。いたずらに受験で精神を消耗している人々よ。もっと時局に目覚めてくれ。今は白線帽〔高校〕だとか角帽〔大学〕だとかに憧れているような時代ではないのだ!(同上)

英語は報道戦、思想戦、文化戦のたくましき武器である。自分は大いに上英〔『上級英語』〕を活用し将来帝国陸軍の将校となる基礎を築く心算です。陸士、海兵、高校すべて上級学校志望、いや突破の士よ健在なれ。(同年6月号)

太平洋戦争のまっただ中で、若者たちはどのような思いで英語を学んでいたのか。
上記の手記から、その一端をうかがい知ることができよう。

しかし、それでも英語学習は続けられていたのである。
日中戦争から太平洋戦争に至る時期にも、英語の受験参考書は刊行され続けていた。
すでに甲斐一郎『英文分析解釈法』(1942)については過去ログで紹介したので、それ以外の名著を紹介しよう。

長井うじあきら『受験英語ハンドブック』(1938)
受験英語を体系的に辞書化した画期的な本。
日中戦争下の1938(昭和13)年に、戦前の受験英語の集大成ともいえる長井うじあきら(名前は漢字だが、文字化けしてしまう)の『受験英語ハンドブック』(研究社)が刊行された。
全1,031頁の大著で、序説「受験英語の研究」から始まり、英文和訳法、和文英訳法、英文法、書取・聞取・句読法、アクセント・発音・読方、語の構造、頻出重要単語集、頻出重要熟語集の8編からなる充実した内容である。
それぞれの分野ごとに勉強の仕方、心構えから始まり、入試問題が網羅され、出題校も銘記されている。1人で書いたとは思えない労作だ。
長井には本書の姉妹編として、やはり体系的な『英語便覧』(1915)、その改訂版である『英語ニューハンドブック』(1933)があり、1987(昭和62)年の第4版まで続くロングセラーとなった

赤尾好夫編『英語の綜合的研究』(1941)
文法・英訳・和訳の三位一体でロングセラー。
受験英語単語の綜合的研究』などの大ヒットによって受験生の圧倒的な支持を集めた赤尾好夫は、1冊で受験に必要な総合的な力をつけさせる参考書を構想した。
それが『英語の綜合的研究』で、1941(昭和16)年に欧文社(現・旺文社)から刊行された。

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内容は、「まず活用的な文法を基礎にして、この確実な文法の知識を骨格として、和文英訳、英文和訳、会話その他一切の肉や皮をつけて完成されたもの」である。
ただし、英文解釈・文法・作文を一体化させた参考書としては、すでに1937(昭和12)年にメドレー・村井知至の『三位一体 綜合英語の新研究』が出ている(この本もいつか紹介したい)。

各項目は文法解説→例文研究→例題→応用問題という展開になっており、例題はすべて入試問題から採られている。
巻頭では(1)平素の準備法、(2)試験間際の準備法、(3)問題に対する態度、(4)答案の書き方などが細かく書かれている。
こうした懇切丁寧なアドバイスはいかにも赤尾らしいが、参考書史的には1920年代に小野圭次郎がとったスタイルである。

この本は「英綜」(英総)として受験生から圧倒的な支持を受け、戦後も改訂に改訂を重ねた。
1968(昭和43)年の7訂版によれば160万人、1978(昭和53)年発行の9訂版によれば240万人の読者に親しまれたとある。
『英語単語熟語の総合的研究』(単総)、それを簡略にした『英語基本単語熟語集』(豆単)とともに「赤尾のトリオ」と呼ばれた。

『英語の綜合的研究』の黄金期は1960年代だが、当時のバージョンが復刊されるという。
往年の名参考書が次々に復刊されていることは喜ばしい。
現在の軽薄な会話中心主義が行き詰まった反動だろうか。

研究社からは伊藤和夫『英文法教室』(1979)が<新装版>としていよいよ復刊された。
私も編集部からいただいたが、軽装にして価格を本体1,500円に抑えているので、高校上級生や大学生にはぜひ読んで欲しい。

難解に感じるかもしれないが、じっくり考えながら読めば、伊藤英語学体系のすごさがわかるだろう。
伊藤の『英文解釈教室』と併せて読むことをお勧めする。

伊藤和夫と言えば、伊藤英語学大系の誕生を告げた『新英文解釈大系』(1964)をぜひ復刊してほしい。
この本のコピーを知人の編集者に送ったところ、大いに興味をそそられていた様子だった。
もしかすると、この幻の名著が甦る日が来るかもしれない。

戦時下の英語教育から脱線したが、結論は次のこと。
国語学習を通じて相互理解を推進し、ぜったいに戦争を起こしてはならない。

外国語教育の究極の目的は、諸民族の連帯と世界の平和だ。
そう、僕は信じている。

2011年に幸あれと祈る。