希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(12)梅澤壽郎『英文解釈法』

「英文解釈」と銘打った最初の本

日本で最初の英文解釈の本は何だろうか?

英語教育史の研究者の間では南日恒太郎の『難問分類英文詳解』(ABC出版社、1903:明治36年6月26日発行)が有名だが、それ以前にもたくさんの英語参考書や英文解釈の本があったことは過去ログで書いた。
→受験参考書の歴史を訪ねて

その南日は、上記の本を改訂して1905(明治38)年6月に「受験参考書の古典的名著」(高梨健吉)とされる『英文解釈法』(有朋堂書店)を出した。

しかし、その2年半前の1903(明治36)年1月13日に、梅澤壽郎の『英文解釈法』が大日本図書から出ていたことはほとんど知られていない。
国会図書館のデータベースで調べた限りでは、日本で最初に「英文解釈」と銘打った本だ。

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しかも、この本は南日の『難問分類英文詳解』よりも5カ月以上早い。さらに、序文の日付は1902(明治35)年8月だ。

執筆時の梅澤壽郎は英字新聞「ジャパン・ヘラルド」の記者だった。そのため、教育会ではあまり知られていなかったのだろう。彼には他に『声音記号応用新式日英会話』(三省堂、1904)などの著作がある。

英文校閲は「ジャパン・ヘラルド」新聞の主筆だったThomas Satchellで、彼は中学校用の英会話の教科書であるFirst English Conversation Lessons for Japanese Students(1912年2月13日文部省検定済)を執筆している。

梅澤の『英文解釈法』は国会図書館にはあるが、「近代デジタルライブラリー」では公開されておらず、Webcatで見る限りは全国の大学等の図書館にも所蔵されていない。また、全5巻の『英語教育資料』(東京法令出版、1980)にも記載がない。

そこで、今回は僕が細かく解説するよりも、学術的価値が高いと思われる本書の「例言」を全文アップしよう。(学問のため、秘蔵しません。エライでしょう。)(^_^;)

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当時の英文解釈論や翻訳論を考察する上で、きわめて重要な文書であることがおわかりいただけよう。

この例言に続く本文は全72ページで、第1部で30、第2部で25の例題を載せている。
いずれも、Shakespeare, Milton, Carlyle, Baconなどの古典的な英文学の散文から材を採っている。新渡戸稲造はCarlyleの愛読者として有名だが、これらの散文はいずれも明治期によく読まれ、入試にも出た。

第1部の例題は原文、全章の大意、各節の意義、解釈文からなり、面白いことに「解釈文」は英語によるパラフレーズである。(第2部は原文と英語による解釈文だけ。)
この本の英語タイトルがHow To Paraphraseとなっているのもうなずける。

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一部のエリートに限られていたとはいえ、明治の人たちの英語力にはほとほと感心する。

その難解な英文を、梅澤は原文の味を損なうことなく、平易な英語にパラフレーズしている。見事な職人技だ。僕にはとうていマネができない。(日本語訳の方は、もうちょっとわかりやすく訳すけど・・・)

2008年3月に告示された高校の新学習指導要領では、「授業は英語で行う」と定めたが、もしこれを実行するなら、教師には何よりも平易な英語にパラフレーズする力量が求められる。

しかし、生徒一人ひとりにわかるようにパラフレーズするという作業は、口で言うほど簡単ではない。文字どおり「職人技」の世界なのである。
あの史上最悪の指導要領に賛成する人たちは、梅澤のこの本から、そのあたりを認識してほしい。