希望の英語教育へ(江利川研究室ブログ)2

歴史をふまえ、英語教育の現在と未来を考えるブログです。

懐かしの英語参考書(13)荒牧鉄雄『現代英文解釈』(三省堂)

先日のセンター試験の監督があまりにキツかったのか、体調を壊した。
念のため医者に行ったら、なんと新型インフルエンザにかかっているとのこと。
1月22日(金)まで出勤停止。なんと!
卒論の追い込み時期に、学生にはたいへん申し訳ない。

噂のタミフルを服用したら、熱も下がり、頭はボーとするが、なんせヒマ。
という次第で、コタツに入りながらパソコン。お許しあれ。
皆さんも、お大事に!

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荒牧鉄雄『現代英文解釈』(三省堂

音声と日英比較を重視した懇切丁寧な参考書

英語参考書史に残る名著である。
1934(昭和9)年5月18日に三省堂から『現代英文解釈法』として初版が発行され、その後3回改訂されて、約半世紀にわたって愛用されたロングセラー。祖父母の代からお世話になった家庭もあるのではないか。
1953(昭和28)年2月20日 新訂版発行〔第2版〕
1962(昭和37)年3月25日 改訂版発行〔第3版〕
1970(昭和45)年1月20日 新版発行〔第4版〕(タイトルを『新版現代英文解釈』に変更)。
手許の本(写真)は1970年9月20日発行の新版28版(刷)。わすか7カ月で28版を重ねたから、大変な売れ行きだったことがわかる。

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さて、本書(1970年の新版)の分析に入る前に、荒牧の経歴を見ておこう。実はこの作業がとても大切なのである。

荒牧鉄雄は1900(明治33)年に福岡県八幡市に生まれ、1923(大正12)年に東京外国語学校本科英語部を卒業、同年に西南学院高等学部教授兼中学部教諭となった。その後、武蔵高等学校(1925.4~1943.3)、東海大学の前身である航空科学専門学校および東海科学専門学校(1943.4~1946.3)、東海大学(1946.4~1951.3)、青山学院大学(1950.4~1951.3)、青山学院女子短期大学(1951.4~1969.3)、戸板女子短大教授(1971.4~1978.3)の教授を歴任した。

この間、1922(大正22)年にHarold E. Palmerが来日すると同時に、助手として研究補佐に当たり、Palmerの代表作の一つであるA Grammar of Spoken Languageの原稿整理を手伝い、彼の講演活動に同行するなど、オーラル・メソッドによる英語教授法の改善に努めた。
戦後は1954年から64年まで三省堂大学受験英語ラジオ講座など民放4社の英語教育放送の講師を務め、1960(昭和35)年には第一回世界音声学会準備委員として世界会議の運営に尽力した。1992(平成4)年没。

このように、荒牧は東京外語の学生時代からパーマーの助手としてオーラル・メソッドの普及活動に協力した。その彼が、なぜ文法訳読式の代表格と見なされがちな「英文解釈法」の本を書いたのか。英語だけで授業を行うダイレクト・メソッドの一種であるパーマーのオーラル・メソッドとは水と油の関係ではないのか。
つい、こう考えてしまう。

しかし、小篠敏明氏の研究(『Harold E. Palmerの英語教授法に関する研究』1995)から明らかなように、パーマーは日本の実情に合わせて和訳を認めるなど、教授法理論を修正していった。
パーマーの弟子でもあった荒牧も、そうした日本の実情をリアルに見据えて、本書の冒頭で次のように述べている。

「まず耳で聞き、口でしゃべるという順序に続いて、読んで、書くという段階に至るのが言語習得の理想的な道程であるが、われわれのおかれている環境からいえば、必ずしも常にこの順序で学んでいるとは限らないし、また、学ぶ量から見れば、発表よりも理解、それも『読む』ことが主になっているのもやむをえないといえよう。」(p.2)

パーマーの理論をしっかり押さえ、その上で日本人の「おかれている環境」に即して学習法を変えるべきであることを明確にしている。実に冷静だ。
海外の第二言語習得理論などをふんだんに引用して、あたかも最新の理論であるかのように粉飾し、「日本の旧来の英語学習法は間違っている」などと性急に主張する姿勢とは根本的に違っている。
「授業は英語で行う」などという新高校指導要領の愚劣さについては、もはや言及する価値も無かろう。(しっかり言及しているが・・・)(^_^;)

そうした荒牧の「英文解釈」観がよく出ているのが、彼が講師を務めた『三省堂大学受験英語ラジオ講座』1956年4月号テキストに載せた図である。

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ここで彼は、「英文解釈の素材」の三要素として「発音」「文法」「常識」を挙げている。また、英文解釈の講義であるにもかかわらず、「まず発音から」として、パーマーに倣い“A language is essentially spoken.”(言語とは本質的に話し言葉である)と述べ、発音練習にとりかかっている。

本書『現代英文解釈』でも、「ことばは声に出して覚えるべきものであるから、英文は必ず音読するようにしなければならない。音読(reading aloud)によって英文の調子に慣れるのであり、調子に慣れることが英語上達のコツである」(p.vii)と述べている。
そのため、荒牧は単語に発音とアクセント記号を付け、例文にも意味群(sense group)に応じた気息群(breath group 息の切れ目)ごとに縦線を入れている。これは直読直解にも道を開く。

荒牧は、日本人の英語学習に必要不可欠な「英文解釈」を尊重しつつ、その致命的な弱点ともいえる音声軽視をできるだけ防ごうとしていたのである。

さて、本書でまず目を引くのが「英語と日本語との違い」である。

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語順の違いと語法の違いについて詳細に述べている。
日本英学史学会の評議員でもあった荒牧は、幕末・明治以降の日本人の英語学習史にも詳しかった。単語の下に付けられた(1) (2)・・・という数字は、明治中期までの英語参考書によく付けられていた訳語の順番を示す数字である。日本人にとってはこの語順の違いが大きな難関であり、次いで語法の違いが頭を悩ました。この問題を解決するために独自の「英文解釈法」が生まれたのである。


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荒牧のこうした記述展開は、幕末以来の日本人の英語学習史を追体験させるものとなっている。まさに、生物学で言う「個体発生は系統発生を繰り返す」( = 生物進化の歴史は母胎の中で短時間に再現される)である。

これらの序章を経て、本格的な英文解釈法へと移る。
特徴的なのは、英文の構造を細かく解剖し、語句や構文など、豊富な用例を添えて懇切丁寧に解説していることである。もちろん、上で述べたような音読への配慮もなされている。

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では、こうした荒牧の参考書は歴史的にどう位置づければよいのだろうか。
面白いことに、実は荒牧自身が論文「受験英語」(1968)で、自分の英文解釈参考書の評価を行っている。それによれば、彼は『難問分類 英文詳解』(1903)に始まる南日恒太郎の参考書の系譜を引いているというのである。

「昭和期の前半、すなわち終戦までには多くの参考書が現われたが、その中でも出色の昭和十二年の荒牧鉄雄『詳解英文解釈法』(三省堂)は、南日に直接刺激されて書かれたものだけに、周到な組織にもとづいている。戦後『現代英文解釈法』と改め、『文法』『作文』『単語』を加える「現代英文シリーズ」を生み、ロングセラーの一つに数えられているが、いわゆるオールラウンドな学習法を参考書に生かした最初のものであろう。」(『日本の英学一〇〇年・大正編』p.333)

 ただし、荒牧は戦後版『現代英文解釈法』のルーツが『詳解英文解釈法』(1937)だとしているが、『新版現代英文解釈』(1970)の奥付によれば、そのルーツは1934年版の『現代英文解釈法』である。

荒牧はまた、同論文で「受験英語の功罪」について、次のように述べている。

「母国語でない英語を修得させるために、言語の法則を組織化し、パターンとして記憶させ、ある時期に徹底的に覚えさせるという、語学教授の基本的条件である訓練(drill)を受験英語が与えたという事実は高く認められなければならないし、分析的に組織的にものをしらべる習慣をつけるのに役だったことも、受験英語のもたらした副次的産物といえよう。しかし、反対に、元来が習慣である言語を、あまりに公式化して割切ることや分析して考えること自身が、思考を機械的にし、内容の把握を困難にするという結果を生ずることや、単語の意識があまりに強くなって、総合理解ができなくなることはその弊害であろう。」(『日本の英学一〇〇年・大正編』p.328)

長所は同時に短所でもある。
世間では受験英語の「罪」の側面ばかりが強調されがちだが、その「功」の側面も冷静に評価する必要があるのではないだろうか。
日常生活で英語を必要としないEFL環境の日本人に、これだけの英語力を付けさせた原動力は「受験英語」に間違いないのだから。

《参考文献》
青山学院女子短期大学紀要編纂委員会(1960)「荒牧鉄雄教授略歴」『青山学院女子短期大学紀要』第14集(荒牧教授還暦記念号)、pp.1-4
・荒牧鉄雄(1968)「受験英語」日本の英学一〇〇年編集部編『日本の英学一〇〇年・大正編』研究社出版
速川和男(1992)「荒牧鉄雄先生略年譜・研究業績一覧」『英学史研究』第25号、pp.129-133